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名古屋高等裁判所 昭和34年(ラ)215号 決定 1960年1月30日

抗告人 伊藤藤一 外一名

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人等の負担とする。

理由

本件抗告の趣旨及び理由は、別紙に記載するとおりである。

そこで、本件抗告の当否について考えるに、原決定と同様に、商法第二百七十条第一項の仮処分は、その性質民事訴訟法上の仮処分に外ならず、又商法第二百七十条第二項の規定は、新たに、特別の取消、変更を認めたものではなく、従来民事訴訟法に規定された異議、取消の申立等により、同条第一項の仮処分の取消、変更を求めうることを注意的に包括して規定したに止まるものと解すべきであるから、抗告人等の本件仮処分取消もしくは変更の申立は、許されないものと解する。抗告人等の援用する反対の見解もないではないが、これを採用しない。そうとすれば、抗告人等の右申立を却下した原決定は、まことに相当であつて、記録を精査しても、その他原決定を違法とすべき何等の瑕疵をも見出すことができない。

よつて、抗告人等の本件抗告は、理由がないというの外ないからこれを棄却すべきものとし、抗告費用の負担につき、民事訴訟法第九十五条、第八十九条を適用して、主文のように決定する。

(裁判長裁判官 浜田従六 裁判官 山口正夫 裁判官 吉田誠吾)

抗告の趣旨及び理由

(一)原決定は之を取消す。(二)抗告人両名対被抗告人間の原審昭和三三年(ヨ)第一一二七号抗告人伊藤藤一の代表取締役兼取締役職務執行停止並びに職務執行代行者選任及び抗告人伊藤ひさへの取締役職務執行停止並に職務執行代行者選任仮処分決定は仮に之を取消す。予備的に、(三)右仮処分決定を次のように変更する。(1) 抗告人伊藤ひさへの取締役職務執行代行者選任は之を取消す。(2) 抗告人伊藤藤一の代表取締役兼取締役の職務執行代行者の選任は、会社に常駐し得或る程度事業経営の経験あり調停委員級の如き年輩者一人を加え合議制の運営に移行されたきこと。(3) 職務執行代行者の業務執行に際しては、被抗告人も、抗告人等も平等の立場に於て処理し、被抗告人のみならず、抗告人伊藤藤一の意見を聴き執行するか或いは抗告人伊藤藤一を通じて執行すること。

一、抗告人等の抗告理由は原決定抗告人末尾「申立の理由」記載と同一である。

二、原決定は右理由第七項に対し判断を遺漏している。即ち平取締役に付ては、職務停止の対象たり得ても、執行の対象たるべき行為はなく唯合議体の一員として意思決定に関与する丈であるからその職務代行を選任することは適切でないとする少くとも松田二郎氏の如き有力学説があり文献も示しておいたのに何等之が判断をされぬのは遺憾である。

三、次に原決定は、商法第二七〇条第二項の取消変更は民訴の準用あることを注意的に包括して規定したに止まり別個の仮処分を規定したものでないから本件申立は理由がないとして却下した。

四、然るに原審の解釈は少数説で多数説は破産法の保全処分商法整理編の保全処分行政事件特別法の保全処分、調停規則の強制執行停止とか調停事前の措置家事審判法の扶養料の給付命令の如き同様非訟事件に数多特殊の保全処分若くは之に準ずる場合として特に規定されたもので、民訴を準用する丈と云うなら「仮の地位を定める仮処分」として何も業々商法で特別規定を設ける必要等ないのである。この事は兼子一氏が民事訴訟法雑誌第一号に於て従前の説を改められ特殊の仮処分説に傾かれているし吉川大二郎氏の著書にも十分解説されて居り左記中倉貞重氏の説を見ても、相当根拠ある学説と信ぜられるのにこの点に対する判断は殆んどなされず、唯反対説を採用する丈での論拠で抗告人等の主張を容れられなかつたことは抗告人等としては甚しく不服である。即ち商法第二七〇条第一項は民訴の仮処分の条件を若干軽減し取締役の職務執行停止とか職務代行者を選任することが出来る旨明示した趣旨に解せられぬことはないが第二項は業々当事者の申立により仮処分を変更し又は之を取消すことを得として居り通常の民訴上仮処分異議の手続より緩和し、より簡易な書面審理位で迅速に処理することを要求しているものと解せられるのである。特に仮処分の変更等仮処分異議では、断行の仮処分を保全のみに止める如き特殊の場合に限られ、仮処分取消等も極めて至難であるから斯様な窮屈な手続を簡易化する趣旨でなければ何も業々第二項を設ける必要がないものと解される。民訴の準用丈ならば第一項丈で足り何で業々第二項を設ける必要があろう。第二項に於て職務代行者が不適任の場合等容易に当事者の申立により変更したり解任したり出来なければ第一項の如き容易に発動出来ないのでなかろうか。要するに第二項は当事者の申立あらば裁判所の職権で随時臨機応変に処置出来るようにする為設けられたものと解する。原審の如き解釈であれば職務停止された取締役は仮処分申請人に対比し非常に過酷な取扱を受ける結果となり衡平を失するものと解せられる故敢て本抗告に及んだ次第である。

ダイヤモンド社発行中倉貞重判事著「株主総会、取締役会、取締役監査役の法律実務」三九四頁以降三九五頁抜萃 商法二七〇条と民訴七六〇条との関係 (一)学説-右二つの仮処分が、ともにいわゆる仮の地位を定める仮処分であることについては異説はないが、この二つの仮処分の関係については学説が分かれている。(1) 甲説-商第二七〇条の仮処分(以下商法の仮処分とする)と、民訴第七六〇条の仮処分(以下民訴の仮処分とする)とを対比すると、前者は本案の訴の係属前に限つて、急迫な事情を要件としているから、後者の要件を緩和した規定であるとする。(2) 乙説-は、商法の仮処分は取締役の職務執行が適正を欠くため、会社の運営にいちじるしい支障や損害を生じ、本案判決の確定を待つては、その損害の回復が不能ないしははなはだしく因難となる虞れがあるときに許されるが、民訴の仮処分でも明文はないが、本案の係属前急迫な事情があれば、仮処分が許されることは解釈上明らかであるから、商法の仮処分は注意的に規定したものに過ぎないとする。 この説をとる。 (二)商法の仮処分に民訴法規定の適用の有無 (1) 右の乙説により商法の仮処分規定は注意規定にすぎないと解すると、当然に民訴法所定の規定の適用を受け、仮処分に対する不服の申立は、a仮処分に対する異議(民訴七五六、七四四、七四五)b本案の起訴命令、その起訴期間の徒過による仮処分の取消(同七四六)、C事情変更、特別事情による仮処分の取消(同七四七、七五九)、D係争物所在裁判所の発した仮処分当否の口頭弁論のため、本案裁判所に相手方呼出申立期間徒過による仮処分取消(七六一)などの規定に従うことを要し、その裁判はDの場合は決定であるが、その他の場合は口頭弁論を開いて判決せねばならない。(2) しかし株式会社のような、団体的組織法上の複雑な利害の対立関係にあつては、その処理はとくに簡易迅速を要し、かついつたんなされた仮処分は、事清に応じてその変更取消が容易にできるようにするのが適切だから、A商法の仮処分については、とくに仮処分の変更取消を規定(二七〇II)したもので、民訴の仮処分とは、別個特殊な仮処分として規定したものと解するのが相当である。

Bしたがつて、商法の仮処分は、民訴の仮処分手続によらないから、口頭弁論を経たと否とを問わずつねに決定をもつてなされ、これに対する不服申立も民訴の仮処分手続によらず、仮処分の変更または取消が出来る(二七〇II)と解すべきである。これが多数説である。

補足理由

一、既述の通り一旦職務代行者が選任されると、民訴の手続によらねば容易に命令を変更出来ないことになると、商法に業々特別規定を設けなくてもよい即ち当然従前からも民訴の仮の地位を定める仮処分により行われていたから、立法趣旨に反し、又通常の民訴によらざれば、取消変更出来ないことに固定して了うと、通常の不動産の仮処分の如き物を客体とするものと異り、生きた人間がなす行為故機敏且迅速な状態に適応させて行かなければならぬ。即ち対人関係に重きをおく本件の如き仮処分の場合、容易に取消又は変更出来ないものにして了うと仮処分の命令は出すとき余程慎重でなければ出せないこととなり、却つて不便な結果となり、実際の便宜に適応せず著しく適切妥当性を欠くに至る。特に破産法の如きは詳細な条文が網羅されているからよいようなものの職務代行の如き斯る明文が僅かしかない為不便のみならず過つて運用される虞あり、抗告人等はぢつと手を拱いて傍観しなければならぬのであろうか。

二、職務代行選任の永続を不適当とする理由

(一)本件の如き重大なる仮処分決定に際し申請人等に一片の審訊なくして発せられた。斯る仮処分は、審訊若くは弁論を開いて発すべきであると思われるのに仮処分決定の取消なり変更との間に斯くも大きな手続上の難易の存することは適当でなく、公平を失する。

(二)被抗告人が本件仮処分決定の前提たる名古屋地方裁判所昭和三三年(ヨ)第一〇三三号株主権行使仮処分決定は既に昭和三四年一〇月二〇日付同庁昭和三四年(モ)第二三八九号仮処分執行停止決定を以て執行停止決定がなされている。

(三)抗告人側に株主総会招集なり議事録に多少の手続上の手落はあつても開催したことは事実であり、被抗告人は争うならば決議無効を以てなすべきで、既に提訴期限を過ぎているから株主総会不存在確認の訴を提起しているが斯る本案訴訟確定に至る迄抗告人等が職務執行停止を受け、その間取消も変更も許されないことは法の趣旨に反し且社会正義に合致しない憾がある。

三、職務代行者による運営の不適切な事由

(一)本件現職務代行者は就任後直ちに仮処分申請理由が奈辺に存したかをつきとめ紛争原因につきその原因の除去整理を主たる任務とし、紛争解決に或る程度の見通しをつけ応急処理をつけたならば直ちに退任しても差支えなきよう飽迄臨時的、消防的、警察的応急処置をなすか、然らざれば現状不変更の程度で管理して居れば足りるのであつて、会社が常態にある時のように積極的に業績を挙げることを標榜するが如きは、第二次的で本末顛倒である。然るに現代行者は被抗告人と会社との間の債権債務額の確認もなされたとは思うが之を抗告人等に極秘にし、全然明らかにされず、債務処理よりも車の買替に躍起となられ専ら業績向上に名を藉り本件が元々抗告人対被抗告人間の紛争即ち被抗告人が当初債権回収の為会社の経営にタツチしていたのを、自己の直接投資せる債権回収の目途がついたと見るや会社乗取を策し担保として果又信任を得さしめる目的を以て抗告人等より預つた株券の名義書換手続に狂奔している現状で抗告人等の数次の要請に不拘、被抗告人側から債権債務を明らかにせず現会社職務代行者も就任後七ケ月にもなり、会社事情に通じ抗告人等及び被抗告人間の紛争の実情を知り、之が解決策として、名古屋簡易裁判所に調停申立てて居り乍ら、又昭和三四年一一月三〇日には会社の詳細なる決算書類を作成し、監査役に提出しておき乍ら、最も利害関係あり且株主にして、職務停止中とは云え取締役たるに相違なき抗告人等には、決算書類の呈示は勿論本件仮処分異議第一審終結に至る迄帳簿の騰写に厳重なる制限を以て、半年余りに僅か数日(而も丸一日と云うのは二日間位で後は午後六時から八時迄と云う程度で)しか見せないのは甚だ不公平で為に抗告人等は、第一審仮処分異議事件に於て敗訴の憂目を見た之も一にかかつて抗告人等が被抗告人に対して仮処分申請理由の株券を担保にした債務額は弁済したと称し而も担保附債務は昭和三二年八月抗告人伊藤藤一と被抗告人間に優先的に被抗告人が抗告人の個人負債と雖も会社の為の借入は会社負債と看做し、弁済をなすべき約定に基き被抗告人が昭和三三年十月一日以降昭和三四年九月末日の間に被抗告人が会社より受けたる弁済額は、会社職務代行者より佐藤監査役に報告せる決算書によるも四、八〇四、九五〇円にして被抗告人が利息と称して受領せる額(内容に争あり殊に基本債権額に争あるも)は、五、七〇三、一九九円にして、当然この金額は、優先的に抗告人伊藤藤一より被抗告人に差入れた担保たる四千八百株の株券の債務二百四十万円の元利金に充当されるべき筈であり斯る事実さえ疏明されれば抗告人等一審敗訴の大半の原因は除去出来た筈なのに、職務代行者が帳簿閲覧を殊更渋られた為非常に抗告人等は不利に陥つたことは動かし難き事実である。

(二)若し夫職務代行者が商法に規定する取締役の定款に従い株主に対し忠誠に且善良なる管理者の注意に従い、業務に専念して居られ抗告人等が会社正常の数字を刻々報告せられておるならば、今日迄抗告人等の無慮三十件に及ぶ提出せる訴も申請も異議事件も恐らくほんの数件を出でず専ら本筋に亘る係争事件に終始したであろうし、裁判所にお手数を煩わせることも恐らく現在の五分の一以下で済んだであろう。抗告人等としても、次から次へと事件を起さねばならぬことは洵に情なく思い恐縮にも存じているが、この責は一にかかつて被抗告人の会社乗取の野望と相俟つて職務代行者が今少し留意されていたならばこのように職務代行者変更の申立等せずに済んだであろうと申上げても憚らない。

(三)思えば昭和三二年七月五日会社が整理に入つてよりこの方二年有半の長きに亘り被抗告人は多額の弁済を得且目的の大半を達して居り、名古屋地方裁判所に於てもこの事を察知せられ既に被抗告人の会社への経営関与禁止の仮処分命令をなされて居るのに不拘会社職務代行者は何時にても債務整理し得べき状態、即ち会社資産負債特に会社対被抗告人との債権債務を常に明瞭にし抗告人等と被抗告人間に於て債務額の協定整い次第(職務代行選任後の被抗告人との債権債務の数字さえ分れば後は大して難しいことでなかつたのである)清算し得る状態におくことこそ選任された至上命令である筈なのに、何の理由あつてか被告人等に会社は知り尽して居られながら、被抗告人との債権債務額を明らかにせず帳簿を申訳的に見せると称する丈でその実妨害に近い位制限し、調停の席上でも佐治代行者の如き「抗告人等は幾ら出すか云え」「メツソで云え」と云われたので「抗告人が帳簿を見せてくれなければ答えられない」と云えば「数字のことを云つたら調停が出来ん」との押問答を繰返しその間極秘裡に左記の如き即決和解が被抗告人と会社側との間に進められたかの疑あり又右和解申立書によれば既に昭和三四年一一月被抗告人が譲受けた分を含め争ある債務即ち抗告人と被抗告人との間で協定することになつている債務に付被抗告人から申出あるも抗告人等に何の連絡も当時なく抗告人等申立中の会社整理開始決定が出たり株主から提訴されている被抗告人との間に於ける経営無効確認の訴が確定するなどして被抗告人が会社の経営管理を解除されれば、抗告人に経営権を復帰させる等と云う抗告人に有利となるべき事項に触れず専ら被抗告人側に都合のいいようにのみ協定が出来ていたとのことであり尚小川剛弁護士を被抗告人の代理人に斡旋し同氏を代理人として斯る和解を締結せんとして又既に電話加入権二本も職務代行者は裁判所の許可なく売却し無線機増設二百五十万円も計画する等職務代行者は全く通常の会社社長になられたような御心境でないかと察せられる。特に交際費の如きも現職務代行者になつてから(三四年七月より九月迄の平均)月十三万円平均会社から支出されて居り、重役会と称し一々「寸楽「石波志」「大樽屋」を利用して居られるが、赤字会社で整理申立を受けている何処の会社が一々斯様な料亭で重役会を開くのであろうか。甚しきに至つては会社の会計担当者も現職務代行者宛料亭の請求書が廻され公用か私用かを疑つているとのことである。抗告人等は破産管財人同様一種の公務員の扱を受ける者と考え被抗告人の如き利害関係人と時偶なら兎も角常時料亭で会合されてよいものかどうか甚だ疑問を抱いているような次第である。

(四)尚抗告人等は現会社職務代行者に何度給料等の請求をなしても(判例によれば職務執行停止中でも給料請求権あるも、抗告人等は停止前の分しか請求していなかつた)一銭も支払われず今日迄十数回に亘つて同職に要望書を提出しても殆んど何一つ聞き入れられなかつた。重役会を常時料亭で使う金があつても、抗告人等に給料も支払われず譲受債権を含み旧債務に付被抗告人のみ百%債務に利息をつけて支払う位なら良心的な譲受債権者に気持丈でも債務を支払うのが当然でないかと考えられる。又職務代行者は既述の如くほんの二、三ケ月間の臨時的なものであるべきで既に一年一ケ月近くにもなつて一向解決の目途も見えぬ今日、斯様な変則状態は永続さすべきでない。又職務代行者は、抗告人提出の訴訟書類初め、各種の書類は即日小菅克已を通じ、被抗告人に渡つているが、被抗告人提出にかかる会社宛訴訟書類は全然抗告人に通知なく、名古屋地方裁判所昭和三四年(ヨ)第一〇四六号株主権行使仮処分事件の如きも抗告人等に重大なる利害関係あり職務代行者は右事情熟知の筈なのに幸い却下決定になつたからよいようなものの一片の通知もなかつたような不公平なことも多々あつた。

前記 事情は本件添付書類、抗告人より職務代行者宛の要望書、会社帳簿抜萃中交際費、訴訟費用報酬等に関し、抗告人等より谷検査役宛監査依頼者即決和解申立書、調停申立書及び要約調書、仮処分却下決定並に職務代行者作成にかかる決算書中借入金返済及び支払利息の項を彼是対照の上御精読賜り得ば、被抗告人の意図が奈辺に存するか一目瞭然であり、本件抗告理由の存する所に付御納得頂けるものと存じます。

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